なにも ない

昔苦労して今楽な生活ができているという老人。
その老人に「若いうちに苦労をしろ」といわれ、老人の下で雑用に励む若者。
老人は身の回りの雑用を若者に任せ、健康グッズを買い漁り気ままな日常を過ごす。
若者は肉体労働系の仕事を勤める社会人である。仕事柄休日は不定期であり、一週間に休日が入らないときもある。
この若者は幼い頃に親が離婚し、母親が身柄を引き取る。その数年後に母親は再婚する。伴侶の親が老人たちである。
いわば血の繋がりのない義理の祖父と祖母だ。
ここまでだと老人たちが若者を虐めているようにしか捉えられないが、そうでもない。理由がある。
若者はどこかしか抜けている性格である。曖昧で決断が揺らぐ。はたから見れば危なっかしい。
それを躾けようと老人は若者に愛の鞭を振るっているのだ。
きちんとした生活。きちんとした労働。きちんとした主従関係。
若者は従う。従わざるを得ない。
「老人に、掃除をやらせるのか? 若いのに見てるだけか」
「若者は動け。動けるうちに」
老人はマッサージチェアにまたがってそう言う。片手にはプラズマテレビのリモコンとDVDのリモコンを握り締めている。
有無を言わず休日返上で若者は従う。
ああ。弱さとはこのことなのか。